言葉はナイフ|私たちは知らないうちに誰かを切りつけ傷つけています

不器用

唐突ですが、言葉はナイフのようなものだと考えております。

言葉そのものはとても便利なものですよね。

しかしながら、使い方を間違えれば相手をとことん傷つけてしまいます。

しかも言葉によって傷づけられた心の傷は、簡単には消えません。

多くの場合は、いつまでも傷が残り続けてしまいます。

そして、ふとした瞬間に何度も傷をえぐってしまうのです。

このことは、本当に多くの人に読んでほしくて書きました。

言葉によって傷ついてしまった方へ。

どうかその苦しみは間違いではないと認めてあげて、そして生き続けてください。

言葉で誰かを傷つけてしまった方へ。

どうかこれ以上自分を責めずに、でも自分の言葉が想像以上に鋭利だと忘れないでください。

私は言葉で傷つきました

私は昔から、集団に上手く馴染めない「不器用さん」でした。

極端に強いこだわりがありガンコであり、友人たちにはかなり気を遣わせました。

そんな私は、高校時代に質の悪いイジメに遭いました。

当時の私は不器用なりにクラスを盛り上げようと、慣れない陽キャラを演じようとしたのと思います。

クラスメートは、そんな私のふるまいをうざったく感じたのでしょうね。

以下、私が受けたイジメの内容です。

当時は「前略プロフィール」という携帯専用のプロフィールサイトが流行っていた時期です。

自分用のプロフィールサイトを作り、いろんなデフォルトの質問への答えを書きました。

さらに自分のブログアルバム、書き込み用のゲストブックなども作りリンクを貼りました。

サイトを作って数週間が経ったころ、異変が生じました。

クラスメートであろう誰かから悪質な書き込みを受けたのです。

内容は、外見などを中傷する言葉や普段のふるまいについての暴言が目立ちました。

一度に複数の誹謗中傷を書き込まれ、私は最初パニックになりました。

誰が書いたのかわからなず、複数人から暴言を浴びせられた感覚でした。

しかも十代半ばという多感な時期だったので、ひたすら追い詰められました。

それ以降は目立つことなく教室のスミで静かに過ごし、地獄と思われた一年を過ごしました。

このたった一年の体験を、私は後々まで引きずって過ごしたのです。

この体験がきっかけで、しばらくの間私は他人に自分の弱みを明かせられなくなっていたのです。

確かに長い間、辛い時に助けを求められない時期が続いているなと当時は思いました。

それが高校のトラウマだったことに気づけたのは、社会人として仕事を始めてからでした。

しごそれが高校のトラウマだったことに気づけたのは、社会人として仕事を始めてからでした。

仕事の進め方に悩み、上手く働けない自分自身が不器用であること受け入れていました。

高校のトラウマをずっと引きずっていたから、
ずっと「助けて」って言えなくなっていたんだ…。

あの時は運良く、トラウマを自覚することで楽に生きられるようになりました。

そうでなければ、ずっと苦しんでいたかもしれません。

このような経緯で、私は言葉の恐ろしさを実感したのです。

私も誰かを傷つけてしまいがちです

私は特に高校の頃に、質の悪いイジメを受けていました。

つまり、言われて嫌だった言葉にずっとさらされていました。

それがインターネット上だったからこそ、いつまでも心に残り続けてしまいました。

そしてその言葉に触れ続けたことで、だんだんとそれまでとは違う自分に変わったのでした。

私自身がそのような危険な言葉を言うことに罪悪感を感じなくなるのです。

ある意味、言葉に慣れてしまったのでしょうね。

言葉に傷つかなくなるといった慣れはないのに、自ら発することには抵抗がなくなる。

その変化に、私はしばらくの間気づかなかったのでした。

気づけば、誰かと話す時に相手のコンプレックスなどが何となくわかるようになっていたのです。

つまり、その人が何をどう言われたら傷つくのかをすぐ察するようになったのでした。

これは一見便利な能力かもしれませんが、同時に誰かを傷つけかねないものでもあります。

もちろん普段なら、そこに触れずに関わることを心がけています。

しかし今はネット社会であり、私も不用意にSNSで発することがよくありまして。

その発信が、無意識に誰かの執着を生んでしまったり傷つけてしまっていたかもしれません。

何度も浴びせられた誹謗中傷を抗うために、強い言葉で拒絶していた私。

時々キツめの言葉がSNSに流れているかもしれません。

現代は、SNSを通じて価値観が違う人同士で深く関わり合えるようになりました。

だからこそ、私自身の言葉がナイフにならないよう気を付けてSNSを利用しています。

インターネットでは言葉の刃が飛び交っています

さて、私は言葉の怖さについて実体験として味わったことをお話ししました。

この言葉のナイフが、今はインターネットのあらゆる場所で飛び交っています。

著名人をはじめ、多くの人々が誹謗中傷に晒されています。

その人が有名であればあるほど、毎日何百何千何万といった悪質なコメントを受けます。

さらにはその人のファンが擁護しようとしてアンチを攻撃し、また別の争いが生まれています。

ここまで悪質な書き込みが増えた現代、昔の自分とつい重ねてしまいとても悲しくなります。

昔、誹謗中傷を受けた自分だからこそわかることがあります。

傷つく言葉に晒されて変わってしまったことを自覚した自分だからこそ伝えたいことがあります。

人は言葉によって変えられてしまいます。

意図しない自分に、気づいたら変わってしまうのです。

変わったことに自覚できないからこそ、誰かを傷つけるナイフを発するのです。

ですが優しい人は、そんな変わってしまった自分を責めることで自分を傷つけてしまうのです。

今後この社会問題はますます深刻になるでしょう。

この悲しみの連鎖にあらがうことができる方法があるとすれば、私はこのように思います。

「どうか、誰かのこともあなた自身のことも否定しないでください。」

最後に

今回は、言葉の危険さについて語りました。

今の世の中、多くの著名人への誹謗中傷が目立ちますよね。

そしてこの記事を読んでいただいているあなたも、きっと今まで傷ついてこられましたよね。

あなたが傷つき苦しんできたことに対して、言語化し和らげるきっかけに少しでもなれば幸いです。

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